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先生その1
私は先生について特別な考えがあります。というのも私が小学二・五・六年生のころの担任といろいろあったのです。先生というものは教える人です。しかしやはり公務員。役所の人です。自分の仕事しかしっかりやりません。余分なことはしない性分です。さらに自分の出来ることでも人に押し付けます。私はその経験があるのです。 私の小学四年生のころまではまだごく普通の児童でした。本当にごく普通の。しかしその苦い経験は二年生のときにおこったんです。私は学級委員をしていました。それでかしりませんが、先生にいろいろ仕事をさせられたのですが、私は黒板の何かをのりで貼るということをさせられていました。その何かというのは苦い経験のほうが印象が強くて思い出せないのですが、何か紙だったような気がします。何かを貼って席に戻るとのりの貼りが弱かったらしくとれてしまいました。その時先生が言った言葉は今でも忘れられません。 「ちゃんと貼れてないじゃないの!もうあなたには何も頼まないわ!たわけ!」  幼いころの私にはかなりショックでした。内心「だれもてめーなんかに頼まれたかねーよ。そのくれー自分でやれっちゅーの!」と思っていたのも事実です。こんな経験をしたのはその時が始めてでした。なぜショックだったか。まだその頃は私は先生に対して悪意もなく普通に教えられる側と教える側として接していたからです。つまり先生という職の人は尊敬の部類に入ったわけです。  そして学年があがって三年生の三学期のこと。今までの担任が怪我をして入院し担任が変わったのです。思い起こせばこれが先生に好意をもてなくなった原因だと思います。その先生はとにかく気が強い人でつっぱり型でした。言い方も少しきつかったのです。前の担任が良かったからかもしえませんが、やはり変わった先生に対してあまり好印象ではありませんでした。まぁ最大の原因は他にあるのですが。  そして悪魔の五年生です。実は四年生のときもいろいろとあったのですがやはり五年生になってからが最大の先生との対立がありました。五年生のときの担任は二年生のときの担任と同じだったのです。一学期はごく普通に過ごしました。問題は二学期です。二学期になってから私は学級委員に選ばれたのです。これが不運でした。 私はそれまでも学級委員は毎年やってきたので別に苦痛ではなかったのですが、問題は先生です。そう、先生なのです。二年生のときに先生は「もうあなたには何も頼まないわ!たわけ!」と言いました。つまり先生はたとえ私が学級委員だとしても頼みごとはできないということです。しかしそんなことはおかまいなく先生は私に仕事をわんさかと言いつけました。それもかなりきついことばかり。女子の学級委員も居るのにもかかわらず私ばかり。私は先生から頼まれているということで一応先生から信頼されてるのだなと考えて昔のことは忘れてしっかりと仕事をしていました。しかしそれがいけなかったのです。奴は図に乗り私にいくつかの命令を同時に言うようになってきたのです。一度に指示された最大の数は三つ。それも女子の学級委員にはなにもさせずに。  その時私は給食当番だったのです。そして間近に控えた遠足…。  私は普通に給食当番の仕事をしていました。それが悪夢の直前だったのです。先生が放った第一弾はまず「遠足のバスの席を決めろ」というものでした。私は素直にそれに従い、遠足の班の班長のところへそれを伝えに行きました。そのときです。先生は 「てめぇ、給食当番だろ?はよ片付けんか馬鹿者(ばかもん)!」 と言ったので遠足のバスの席決めを一時中断し、再び給食当番の仕事をしていました。そのときです。 「おい、てめぇー教室がうるせーだろ?ぇ?静かにさせろ。ったくっ、そのくれーも気づかねーのかよ。使えねー奴だなぁ!」 それからというものはこの繰り返しでした。私が静かにさせていたら「遠足のバスの席は決めたか?」と言い、給食当番の仕事をしていたら「静かにさせろ!」と言い、遠足のバスの席を決めていたら「給食当番の仕事やれ!」と言いこれが続いたのです。  私はあまりのショックで掃除が出来ない状態に陥っていました。それほどショックだったのです。そして先生が見回りに…。 「てめぇーなに掃除さぼってんだよぉっ?みなが掃除一生懸命やってるときに…。てめぇーやる気無いならけぇーれ(帰れ)。ったくっ。(ペッ<廊下に唾を吐く>)きれーにしとけよ。けっ!」 その先生の態度に私はじっと耐えていました。あれほどまで先生に侮辱されたのは初めてでした。
※随分昔の話なので台詞などが若干優しくなっていたりします。